カテゴリー: 近代

  • 日本が朝鮮、台湾を統治した理由(対馬事件、巨文島事件、清仏戦争)

    日本が朝鮮、台湾を統治した理由(対馬事件、巨文島事件、清仏戦争)

    本記事のテーマ

    日本が朝鮮、台湾を統治した理由
    対馬事件、巨文島事件、清仏戦争

    おさえておきたいポイント

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
    学校や試験対策の社会では、
    真相はわからない!
    自分で調べて考え抜く
    本当の社会科を勉強しよう!

    ①通説

    日本の朝鮮、台湾の統治(通説)

    明治から昭和にかけて、日本は朝鮮・台湾を統治。
    日本も列強に負けじと朝鮮・台湾を統治
    1. 1876年 日朝修好条規(朝鮮の開国)
    2. 1895年 日清戦争後 朝鮮半島から清の影響排除、台湾統治
    3. 1905年 第二次日韓協約(乙巳条約)で保護国化
    4. 1907年 高宗退位(ハーグ密使事件)
    5. 1910年 韓国併合条約により大韓帝国消滅、日本の直轄領化
    6. 1945年 日本の敗戦により統治終了
    新日、反日活動が現在もあるがその元となった背景

    ➁通説に対する疑問点・気になる点

    調べると気づく疑問点

    参考文献やYoutube動画を調べていくと、通説と異なることがわかります。それを陰謀論として片づけてしまってもよいですが、物事は多面的に見て、客観視する必要があります。QCプラネッツは品質管理を専門としています。品質管理は客観視が必須です。同じ姿勢で取り組みます!

    なぜ、日本は朝鮮と台湾を統治しようとしただろうか?
    長い歴史の中で、実際に統治したのは明治から昭和の数十年だけ。

    いかがでしょうか?疑問が湧きますよね!

    真相を説明します。

    検証して見えた真相

    列強がいつ日本に攻めてくるかわからない脅威があったから
    1. 対馬事件:1861年ロシア軍艦が対馬を半年占拠。
    2. 巨文島事件:1885年~1887年イギリス海軍が占拠
    3. 清仏戦争:1883年~1885年フランスが一時占拠

    日本近海しかも、大陸側に、列強国が占拠されるには、日本にとって相当ヤバい状況であることがわかりますよね!

    日本の防衛圏に列強が占拠された時期がありいつ日本が攻められるかわからない脅威が迫っていた。

    早く日本の領土を国際的に認めてもらい確保する必要があった

    1. 北海道の開拓(ロシア対策)
    2. 樺太・千島交換条約(ロシア対策)
    3. 琉球を沖縄県として導入(清、英、仏対策)
    4. 小笠原諸島の領有宣言(英、仏、米対策)
    いつ列強が日本に攻めてくるかわからない状況。
    日本の領有を国際的に認めてもらいつつ
    列強が入る隙間をなくすことに神経を使う必要があった時代だったわけです。
    しかし、朝鮮と台湾は
    ・朝鮮:閉鎖的な「隠者の国」
    ・台湾:化外(未開、野蛮)、瘴癘(しょうれい)の島
    両者を列強が支配しやすい環境であり、日本にとって最大の脅威だった

    まとめ

    「日本が朝鮮、台湾を統治した理由
    対馬事件、巨文島事件、清仏戦争」を解説しました。

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
  • 日本の朝鮮・台湾の統治が西洋列強国の植民地支配と全く異なる理由がわかる

    日本の朝鮮・台湾の統治が西洋列強国の植民地支配と全く異なる理由がわかる

    本記事のテーマ

    日本の朝鮮、台湾の統治方法
    西洋の植民地化政策と全く異なる理由

    おさえておきたいポイント

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
    学校や試験対策の社会では、
    真相はわからない!
    自分で調べて考え抜く
    本当の社会科を勉強しよう!

    ①通説

    日本の朝鮮、台湾の統治(通説)

    明治から昭和にかけて、日本は朝鮮・台湾を統治。
    日本も列強に負けじと朝鮮・台湾を統治
    1. 1876年 日朝修好条規(朝鮮の開国)
    2. 1895年 日清戦争後 朝鮮半島から清の影響排除、台湾統治
    3. 1905年 第二次日韓協約(乙巳条約)で保護国化
    4. 1907年 高宗退位(ハーグ密使事件)
    5. 1910年 韓国併合条約により大韓帝国消滅、日本の直轄領化
    6. 1945年 日本の敗戦により統治終了
    新日、反日活動が現在もあるがその元となった背景

    ➁通説に対する疑問点・気になる点

    調べると気づく疑問点

    参考文献やYoutube動画を調べていくと、通説と異なることがわかります。それを陰謀論として片づけてしまってもよいですが、物事は多面的に見て、客観視する必要があります。QCプラネッツは品質管理を専門としています。品質管理は客観視が必須です。同じ姿勢で取り組みます!

    「植民地支配」といっても、ヨーロッパ列強国と日本ではやり方が
    全く異なった。それはなぜだろうか?

    ヨーロッパ型と日本型の違い

    まとめると、同じ植民地支配でも統治方法が全く違います。

    ヨーロッパ列強国は「略奪」支配
    日本は「経済発展」支配

    日本が統治した朝鮮と台湾の変化をまとめます。

    いかがでしょうか?疑問が湧きますよね!

    真相を説明します。

    検証して見えた真相

    植民地統治の目的が全く異なっていたから
    • ヨーロッパ列強国:略奪(鉱山資源、農作物、奴隷)
    • 日本:列強からの防衛強化

    明治維新からの急速な近代化

    幕末に列強国に開国を迫られた日本は防衛強化のため、
    近隣の朝鮮・台湾との連携を求めた。しかし、どちらも弱国であり、
    いつ列強が日本周辺に襲い掛かってもおかしくない状況。

    でも、

    ・朝鮮:閉鎖的な「隠者の国」
    ・台湾:化外(未開、野蛮)、瘴癘(しょうれい)の島
    両者を列強が支配することは、日本侵略が最大の脅威

    なので、

    朝鮮・台湾の独立国家としての体制を求めたが、
    拒否され、日本の列強からのリスクが下がらない。

    となると、当時の日本ならどうするかというと

    日本が統治して、両国を強化し、防衛壁として機能。

    と考えるのが筋が通りますよね。

    朝鮮と台湾をヨーロッパ列強国のように略奪、弱体化しても日本にとっての脅威がなくなるわけでない。むしろ、朝鮮と台湾が弱体化すると日本にとってより脅威になる。

    日本は

    白村江の戦い
    元寇
    秀吉の朝鮮出兵
    明治の朝鮮・台湾統治
    があるが、基本はすべて日本列島の防衛が目的。

    他国を侵略して略奪する発想は、自然豊かでシラス統治がベースな日本には合いません。西洋のように隣国からの略奪や侵略を繰り返す歴史ではないからです。

    ここで1つ注意なのは

    日本の統治によって朝鮮・台湾の近代化・経済発展が進んだが、これは彼らが望んだものではないことも留意しておく必要があります。

    当時、イギリス、フランス、ロシア、アメリカ、そして日本のように急激な発展を遂げたドイツなどが列強国化しており、いつ自国が植民地支配されるかわからない状況下であった点を、よく理解しておきましょう。

    まとめ

    「日本の朝鮮、台湾の統治方法
    西洋の植民地化政策と全く異なる理由」を解説しました。

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
  • 明治政府 近代化に必要な財源をどうやって確保したのか?がわかる

    明治政府 近代化に必要な財源をどうやって確保したのか?がわかる

    本記事のテーマ

    明治政府 近代化に必要な財源を
    どうやって確保したのか?

    おさえておきたいポイント

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
    学校や試験対策の社会では、
    真相はわからない!
    自分で調べて考え抜く
    本当の社会科を勉強しよう!

    ①通説

    明治政府の財源(通説)

    1. 武士への俸禄支給(秩禄)を廃止し、国家歳出の大幅削減を実現。
    2. 江戸時代の年貢制度を廃止し、地価の3%を税率とし、全国統一の税制を確立。
    3. 明治初期の歳入の約80%が地租によるもので、国家財政の柱。
    4. 財源不足のため、政府紙幣(太政官札)を発行。
    5. 官有地、官営事業を払下げ、民間化。
    6. 戦時の財源調達
      ・日清戦争後の賠償金
      ・日露戦争の外債を活用した戦費調達
    重工業化や軍備拡張の財源となり、近代国家形成の加速要因

    ➁通説に対する疑問点・気になる点

    調べると気づく疑問点

    参考文献やYoutube動画を調べていくと、通説と異なることがわかります。それを陰謀論として片づけてしまってもよいですが、物事は多面的に見て、客観視する必要があります。QCプラネッツは品質管理を専門としています。品質管理は客観視が必須です。同じ姿勢で取り組みます!

    文明開化、富国強兵、殖産興業とスローガンを掲げるが、その財源は国内で十分賄えたのか? いや、それは無理だったのではないか?
    1. 西洋からの近代技術、重工業などは高価である。
    2. 一方、幕末に、金銀比価問題で大量の金銀が海外に流出。
    3. 当時貿易は銀貨で実施。
    4. 確かに、地租改正や官有地の売却もあるがそれでも財源は足りない。
    5. 列強に借り入れすると、借金漬けになり、植民地化されるリスクが高まる。
    6. 軽工業から重工業とはいえ、金額の桁数が違う(洋服で軍艦は買えない。
       (現在換算で洋服1万円、軍艦1000億円 毛織物で数千億円も貿易収益出せるか?)
    財源がなく、海外からの借り入れができない明治政府。
    殖産興業、富国強兵を可能にした財源はどこから来た?

    いかがでしょうか?疑問が湧きますよね!

    真相を説明します。

    検証して見えた真相

    国内の改革による財源確保はできたとはいえ、近代化・重工業化には桁数が異なる財源確保が必須。
    とはいえ、莫大な財を得るものが国内にはない。(金銀も大量に流出)
    財源はどこから手に入れたか?
    1. 列強にとって日本がロシアの南下・アジア進出に対しての障壁とした方がベター。
    2. 列強にとって日本は中国清ほど侵略するほとの魅力がない(人口は多いが、鉱資源、農作物が少ない)。
    3. 日本は近代化のための輸入に必要な銀が底をついていた。
    4. イギリスはアヘンで清から銀の回収ができた。だからアジア進出を強めた。
    5. 日米修好通商条約で日本へのアヘン交易は禁止、各列強も同内容で締結。
    教科書で明記していないが、植民地支配を回避する上でイギリスと手を組む手段として日本もイギリスと同じやり方で外貨・金銀を獲得し、近代化を成功させたと考える。

    まとめ

    「明治政府 近代化に必要な財源を
    どうやって確保したのか?」を解説しました。

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
  • 佐幕開国vs尊王攘夷による戊辰戦争?(実は、列強から仕掛けられた内戦だった)

    佐幕開国vs尊王攘夷による戊辰戦争?(実は、列強から仕掛けられた内戦だった)

    本記事のテーマ

    佐幕開国vs尊王攘夷による戊辰戦争?
    実は、列強から仕掛けられた内戦だった

    おさえておきたいポイント

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
    学校や試験対策の社会では、
    真相はわからない!
    自分で調べて考え抜く
    本当の社会科を勉強しよう!

    ①通説

    戊辰戦争(通説)

    1. 薩長の「尊王攘夷」 vs 会津の「佐幕開国」 が明治維新、戊辰戦争につながった。
      ●「尊王攘夷」: 天皇を中心 外国を打ち払う
      ●「佐幕開国」: 幕府を中心 外圧に屈して開国
      勅許(天皇の了解)を得ずに開国し、薩長(天皇側)と幕府が対立した
    2. 1868年~1869年にかけて日本全国で展開された内乱
    3. 鳥羽・伏見の戦い、江戸城無血開城、会津戦争、箱館戦争
    4. 新政府の勝利により、明治政府が発足、藩閥体制から近代国家への移行
    幕藩体制から近代国家へ移行を決定づける内戦

    ➁通説に対する疑問点・気になる点

    調べると気づく疑問点

    参考文献やYoutube動画を調べていくと、通説と異なることがわかります。それを陰謀論として片づけてしまってもよいですが、物事は多面的に見て、客観視する必要があります。QCプラネッツは品質管理を専門としています。品質管理は客観視が必須です。同じ姿勢で取り組みます!

    シラス統治をベースとする日本を考えると、
    実は、
    薩長の「尊王攘夷」も会津の「佐幕開国」も
    同じ「尊王開国」派であることに気が付きませんか?
    1. 薩長の「尊王攘夷」 が勝利して、明治政府を作るが、開国・近代化している。
      →  「尊王開国」だった。
    2. 会津の「佐幕開国」において、幕府はそもそも天皇が任命した政権。
      →  「尊王開国」だった。
    3. 戊辰戦争の犠牲者は1万人程度(フランス革命は百万人程度)と少なかった。
    対立する2対、実はどちらも「尊王開国」派で意見が一致していた。
    にもかかわらず、なぜ日本国内で内戦が起きたのか?

    いかがでしょうか?疑問が湧きますよね!

    真相を説明します。

    検証して見えた真相

    2つのポイントがあります。

    ①確かに孝明天皇は攘夷派。天皇に開国の大切さを伝えるなり、次の天皇に即位していただくなり、開国をお願いすることができたはず。
    ②列強からの外圧によって戊辰戦争が勃発したのではないか?

    詳しく挙げてみましょう。

    1. 確かに、孝明天皇は開国に大反対な攘夷派であったが、逝去後、若い明治天皇が即位。政治的経験が乏しく、薩長政権の意向に沿う形で開国政策を進めた。
      天皇の御意向で開国側になれば、戊辰戦争は必要なかった
    2. 不要な戦争はむしろ「外圧から仕掛けられた」と考えた方が筋が通る。
    3. 大政奉還により天皇を中心とする政府をつくる必要がある時期は日本は不安定でもあった。
    4. 内乱が起こりやすい不安定な国は列強にとって植民地化する絶好のチャンスでもある。
    5. 武器を朝廷側(フランス)、幕府側(イギリス)に共有して大儲けしつつ、日本を弱体化させ、植民地化する狙いがあれば不必要だった戊辰戦争に巻き込まれた理由が説明つく。
    戊辰戦争は仕掛けられた不必要な戦争だった。
    それでも、列強の思惑に乗って植民地化されず、明治政府が誕生した。

    まとめ

    「佐幕開国vs尊王攘夷による戊辰戦争?
    実は、列強から仕掛けられた内戦だった」を解説しました。

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
  • 大政奉還と明治維新が列強の圧力に屈せずに成功できた理由かる

    大政奉還と明治維新が列強の圧力に屈せずに成功できた理由かる

    本記事のテーマ

    大政奉還と明治維新が
    列強の圧力に屈せずに成功できた理由かる

    おさえておきたいポイント

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
    学校や試験対策の社会では、
    真相はわからない!
    自分で調べて考え抜く
    本当の社会科を勉強しよう!

    ①通説

    大政奉還と明治維新(通説)

    1. 大政奉還(1867年)とは徳川慶喜が政権を朝廷に返上した出来事で、約260年続いた江戸幕府が終焉。
    2. 幕府の統治力低下や、列強国からの外圧による危機が原因である。
    3. 明治維新(1868年〜)とは明治政府による近代国家建設の一連の改革である。
    4. 明治天皇が主導者とし、中央集権国家の構築と近代化を進めた。
    大政奉還は「権力の平和的移譲」
    明治維新は「制度的刷新と国家再設計」
    の象徴

    ➁通説に対する疑問点・気になる点

    調べると気づく疑問点

    参考文献やYoutube動画を調べていくと、通説と異なることがわかります。それを陰謀論として片づけてしまってもよいですが、物事は多面的に見て、客観視する必要があります。QCプラネッツは品質管理を専門としています。品質管理は客観視が必須です。同じ姿勢で取り組みます!

    1. なぜ徳川慶喜は大政奉還し、江戸城の無血開城に成功できたのか?
      「朝廷から権力を預かって政治を行う」武士社会が700年も続けてきた。
      権力を保持するのが常であり、反対派と内戦する選択肢もあった。
    2. 江戸幕府がなぜ権力・政治の私物化せずに、明治天皇に政権を返上したのか?
      朝廷は700年も政治運営していなかったが、なぜ明治維新で天皇中心の政治体制がスムーズにできたのか?
    3. なぜ、列強国の圧力に屈せず明治政府が誕生できたのか?
      大国清は列強の植民地化されたが、小国日本は植民地化されなかった。
    4. 戊辰戦争の犠牲者は1万人程度(フランス革命は百万人程度)と少なかった。
    当時、それほど大国でもなかったアメリカに日本が不平等な
    条約を結ばざるを得ない理由はないが、なぜか?

    いかがでしょうか?疑問が湧きますよね!

    革命がおきた出来事であるが、犠牲者をほとんど出さず、列強からの植民地化も回避できたのはなぜか?

    真相を説明します。

    検証して見えた真相

    1. 日本人の「シラス統治」がベースにあったから
    2. 外国の支配から逃れるため
    3. 徳川家存続と新体制での主導権を握る狙いがあったから

    と3つ理由をあげましたが、
    それぞれの理由を解説します。

    日本人の「シラス統治」がベースにあったから

    日本は長年、独特な「シラス統治がベース」であることが、他国のような国家の危機が来てもしなやかに対応できたのではないでしょうか?
    武家社会が700年も継続した後、すぐに天皇を主導者とした新政府が発足できますか? 普通は無理です。でも、シラス統治がベースにあれば、幕末のような国家の危機があっても、国民のほとんどが1つになって動ける不思議なパワー、関係性を兼ね備えているのです。現代の我々にはなかなかピント来ませんが、歴史を学ぶとわかることです。
    天皇を倒して新政権を企てる者が出現せず。幕府は基本天皇が任命した将軍を軸に朝廷から権力を預かって政治をしてきた。明治維新では、天皇の権威がより高まった。政権交代がスムーズなのは 天皇の権威 平時は存在感がないが、国家の危機になると国民を一致団結させる不思議な力を発揮。 このパワーは西洋にはなく、彼らには理解できない。

    外国の支配から逃れるため

    国内で内戦している場合ではない!
    真の敵は西洋の列強国だ!
    倒幕派、幕府派どちらが勝手も列強国の植民地化されるだけ!
    中国清を見よ!

    日本は、単一民族かつ、単一言語で、識字率の高さから、本質を見極め、それを共有できた点も一躍かっていたでしょうね。

    徳川家存続と新体制での主導権を握る狙いがあったから

    徳川家のメリットがないと、大政奉還しないのではないか?

    と考えると、

    1. 倒幕派の勢いは凄まじく、将軍・徳川慶喜は「このままでは徳川家が危ない」 負ける危機感があった。
    2. 倒幕派は明治天皇より倒幕の密勅を受け取っていた。
    3. 表面的には「政権返上」だが、実際には新体制での主導権を握る狙いもあった。
      しかし、明治維新で王政復古の大号令が出て、徳川家の排除が決まり戊辰戦争が勃発。

    徳川家も明治政府での存在感をしめそうと企みはしたものの、そううまくいきませんでした。

    アメリカ、イギリス、ロシア、オランダ、フランスと当時の世界の列強と
    不平等条約を圧力によって締結し、日本の国家の危機が一気に高まりました。内戦による国家の衰退、植民地化のリスクもありましたが、最小限の犠牲で明治時代に進めた日本。この出来事から日本、日本人とは何かをよく考えることが大事ですね。

    まとめ

    「大政奉還と明治維新が
    列強の圧力に屈せずに成功できた理由かる」を解説しました。

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
  • 幕末に列強と締結した条約がわかる(アメリカ以外にも条約を結んだ)

    幕末に列強と締結した条約がわかる(アメリカ以外にも条約を結んだ)

    本記事のテーマ

    幕末に列強と締結した条約がわかる
    (アメリカ以外にも条約を結んだ)

    おさえておきたいポイント

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
    学校や試験対策の社会では、
    真相はわからない!
    自分で調べて考え抜く
    本当の社会科を勉強しよう!

    ①通説

    幕末に列強と締結した条約(通説)

    1. 幕末には他国船が日本列島近辺に出現したが追い払ってきた。
    2. しかし、ペリーの黒船の来航により開国せざるを得なくなった。

      1854年日米和親条約、1858年日米修好通商条約を締結。

      内容は、不平等条約で、治外法権・関税自主権の欠如により日本はその後苦しむことになる。

      幕府首脳は開国としたが、諸大名は開国、鎖国で意見が分かれた。

      天皇の勅許(ちょっきょ)があれば国論を統一しようとそれまでなかった動きが出始め、幕府は弱体化していく。

    開国条約によって江戸幕府の弱体化、国家の再編につながった。

    ➁通説に対する疑問点・気になる点

    調べると気づく疑問点

    参考文献やYoutube動画を調べていくと、通説と異なることがわかります。それを陰謀論として片づけてしまってもよいですが、物事は多面的に見て、客観視する必要があります。QCプラネッツは品質管理を専門としています。品質管理は客観視が必須です。同じ姿勢で取り組みます!

    1. なぜアメリカに対して日本が不利となる条約を締結したのだろうか?
    2. 当時のアメリカはまだ、それほどの超大国でもなかった。
    3. アメリカ国内の南北戦争やイギリスとの良好でない関係などがあり、日本に強気な交渉までできなかったのではないか?
    4. アメリカはアジア進出のための貿易港や捕鯨船の補給拠点が必要な程度だった。
    5. ペリー来航時、日本の経済規模は欧米に匹敵しており、対等な条約締結も可能だったはず。
    6. アメリカ以外の列強国(イギリス、ロシア、オランダ、フランス)とも条約を締結していなかったのか?
    当時、それほど大国でもなかったアメリカに日本が不平等な
    条約を結ばざるを得ない理由はないが、なぜか?

    いかがでしょうか?疑問が湧きますよね!

    もっと、日本にとって脅威なパワーがあったから開国せざるを得なくなったのではないか?

    真相を説明します。

    検証して見えた真相

    教科書には出ないが、列強国とも不平等条約を締結した。

    実際、アメリカ以外に締結した国とその内容をまとめます。

    年代 条約名 相手国 主な内容・特徴
    1854年 日米和親条約 アメリカ 下田・函館の開港、薪水供給、領事駐在の容認。
    1854年 日英和親条約 イギリス アメリカに続いて締結。開港と友好関係の構築が目的。
    1854年 日露和親条約 ロシア 北方領土(択捉・得撫島)の境界を定めた。
    1856年 日蘭和親条約 オランダ 長崎貿易の延長線上で、比較的穏健な内容 。
    1858年 日米修好通商条約 アメリカ 本格的な開国。横浜・長崎・新潟・神戸・函館の開港、領事裁判権、関税自主権の欠如など 。
    1858年 日英修好通商条約 イギリス アメリカに続いて締結。通商権益を強く主張。
    1858年 日仏修好通商条約 フランス カトリック布教の自由を要求。文化的影響も意識。
    1858年 日露修好通商条約 ロシア 領土問題(樺太など)を含む複雑な交渉。
    1858年 日蘭修好通商条約 オランダ 実務的で穏健。長崎貿易の延長。

    アメリカ以外とも条約を締結しており、特に、超大国な
    イギリス
    フランス
    がいます。

    当時、中国では、イギリス、フランスによる植民地支配化が進む悪夢が現実のものとなっており、日本も時間の問題という状況までリスクが迫ってきました。

    また、ロシアも国境を隣接する上で、日本にとって侵略の危機が迫り、急速に成長するアメリカからの圧力も高まる危険な状況といえます。

    1. 列強国におされ、日本がアメリカに対して不利な条約を結んだといえる
    2. 経済、人口は列強に劣らなかった日本だったが、兵器と技術が西洋と飛躍的な差が出てしまい、開国に踏み切る必要があった。
    3. 複数の列強国の同時圧力による植民地支配化リスクが一気に高まった。

    なぜ、アメリカから条約を結んだのか?

    和親条約も修好通商条約もアメリカから締結しています。当時、超大国はイギリス、フランス、ロシアです。日本よりやや下なアメリカを最初に結んだのは結果論かもしれませんが、

    先に交渉しやすいアメリカと締結し、超大国に対して不利な条件をなるべき回避しようと試みたかもしれません。

    逆に、

    先に最強なイギリスと締結していたら、植民地化され、今の日本が変わっていたかもしれません。
    アメリカ、イギリス、ロシア、オランダ、フランスと当時の世界の列強と
    不平等条約を圧力によって締結し、日本の国家の危機が一気に高まった。

    ここで、1つ疑問が出ませんか?

    教科書はなぜ、日米の条約しか教えないのか?

    これも解説します。

    教科書はなぜ、日米の条約しか教えないのか?

    教科書は戦後の日米関係を考慮し、日米条約を強調する傾向がある。

    1850年代当時の国力を並べると
    ●イギリス 最強
    ●フランス 世界2位の強さ
    ●ロシア  国土は最広
    ●アメリカ 新興国だが、それほど強くない
    ●オランダ 欧州の中堅国家
    なので、イギリス、フランスが背後にいて、中国での悪行(アヘン戦争、アロー号事件など)も日本に伝わっていたわけです。

    長い日本国家の中で最大の危機に陥ってしまった。
    では、どうする?
    アジア、中南米、アフリカ諸国のように植民地化されるか?
    それとも、自立を果たそうと挑戦するか?

    大変な時代に突入していくことになります。

    まとめ

    「幕末に列強と締結した条約がわかる
    (アメリカ以外にも条約を結んだ)」を解説しました。

    • ①通説
    • ➁通説に対する疑問点・気になる点
    • ➂通説を検証して見えた真相
error: Content is protected !!