★ 本記事のテーマ
禁中並公家諸法度を制定した理由
シラス統治と幕府の政治支配を維持するため
シラス統治と幕府の政治支配を維持するため
★おさえておきたいポイント
- ①通説
- ➁通説に対する疑問点・気になる点
- ➂通説を検証して見えた真相
学校や試験対策の社会では、
真相はわからない!
自分で調べて考え抜く
本当の社会科を勉強しよう!
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①通説
禁中並公家諸法度とは(通説)
- 徳川幕府は天皇・朝廷・公家を法的に統制し、天皇には宗教的権威、任官などの形式的な政治的権威のみを残し、将軍が実質的な権力を把握する体制をとった。
- 禁中並公家諸法度を1615年に制定。江戸時代一度も改正せず。
- 天皇に対し、第一に学問を規程し、政治や軍事に関与させなくした。
- 後水尾天皇による紫衣事件(幕府の許可なく紫衣を授けた)では、幕府が厳しい対抗措置を講じた。
幕府が朝廷を統制する仕組みは幕末まで機能した。
➁通説に対する疑問点・気になる点
調べると気づく疑問点
参考文献やYoutube動画を調べていくと、通説と異なることがわかります。それを陰謀論として片づけてしまってもよいですが、物事は多面的に見て、客観視する必要があります。QCプラネッツは品質管理を専門としています。品質管理は客観視が必須です。同じ姿勢で取り組みます!
なぜ徳川幕府、天皇を国の君主として位置付けるものの、幕府は政治権力を保持し、天皇・朝廷・公家を監視したのか?
いかがでしょうか?疑問が湧きますよね!
朝廷機能を完全に抹殺して、将軍が国家の大王としてもよかったのではないか?
真相を説明します。
検証して見えた真相
日本の統治のベースを保持しつつ、徳川将軍が長期にできるように考えれた制度だった。。
- 日本は古代から「シラス統治」の国であり、天皇を君主としなければならないことは徳川幕府もわかっていた。
- シラス統治がベースだから、国民は天皇が任命した将軍が政治をすることに納得し、幕府の考えに合わせた。
- 徳川幕府の最大にリスクは、他の大名が天皇と直接接点を持ち、徳川でないものが天皇から政治委任される場合である。だから監視する必要があった。
- 天皇や朝廷を抹殺すると中国王朝のように血で争う戦乱になることもわかっていた。
国民に納得させる上で、天皇から徳川が政治委任する形式を維持しつつ、徳川が政治支配するために天皇側を統制させる必要があった。
まとめ
「禁中並公家諸法度を制定した理由
シラス統治と幕府の政治支配を維持するため」を解説しました。
- ①通説
- ➁通説に対する疑問点・気になる点
- ➂通説を検証して見えた真相